Before Act -Aselia The Eternal-
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04:00 P.M.- ウィリアムはレイヴンを驚愕の眼差しで見詰める。 今先ほど耳にしたレイヴンの言葉に、思考が止まっている。 「人が――」 「この穴は人為的にとは言わなくとも、少なくとも何らかの原因によって発生した爆発によって生じたものだ。 そしてその場に人が――これは俺の推測でしかないが、スピリットを探していた男たち全員が灰も残さず燃えたのだろう」 「待って下さい?! 確かに何かでこの穴が出来たのはいいんですが、何も人が焼け死んだなんて…。 もしかしたら何かの動物が巻き添えになっただけかもしれないですよね?」 顔を青ざめたまま、ウィリアムは異を唱える。 だがそれは自分がそう信じたいがための言葉でしかなかった。 「では聞くが、ウィリアムはエヒグゥの丸焼きを食べた事はあるか?」 「――ありますけど…」 ウィリアムは肩を大きく震わせる。 「その時の肉の焼ける匂いと今ここで発している匂い、明らかに違うとは思わないか?」 「………」 「無論、商売で売っている丸焼きは内臓をくり貫いて血も抜き、味付けのために香料を付けての肉だけを焼いた匂いだ。 しかしそれを考慮しても明らかに違う臭いだとは思わないか?」 「……っ」 「そして一番の違いは――」 肉にしては鼻に媚びりつき、内臓が焼けたにしては異臭。 しかし、それだけではなかった。臭いにの質よりも量が圧倒的なのである。 つまり、それは―― 「焼けた量そのものが動物にしては多すぎる」 「――っ!!!?」 そこまでは限界だった。ウィリアムはレイヴンを背に嘔吐した。 精神的にも肉体的にも限界であったこの場での身体に媚びる臭いに、レイヴンの今の一言が決壊させる。 「――! ―――?! ――っ… ――!!」 昼に食べた全てを吐き出さんばかりの勢いで吐いて咳き込み、呼吸が一段落するとまた嘔吐。 レイヴンはそんなウィリアムに近寄り、背中を擦って食道を刺激し、落ち着かせる。 「――話の続きを聞くか?」 「―――」 荒れている呼吸の中で、ウィリアムは下を向いたまま沈黙している。 少し間を置いても返答がなかったため、レイヴンは立ち上がった。 「暫くそこで安静にしていろ。俺は少し穴の調べる」 「…あんな臭いの中心に、よく、行こうと、出来ます、ね」 途切れ途切れで言うウィリアムが上げた顔には焦燥し切っていた。 「そんな理由で手掛かりを逃していては見つけられるモノも見つけられん」 そう言って手前にある穴へと向き合い、再び観察を始めた。 ウィリアムはその背を見るも、香ってくる臭いに背を向けざる得なかった。 04:19 P.M.- 「「「「………」」」」 バトリ家では現在、留守の四人は沈黙で覆われていた。 各々テーブルを挟んで対峙し、手元には四枚前後のカードが。 「…もう、いいですね?」 見回しながら問うリアナに皆は一斉に頷く。 「では――オープン!」 リアナがそう宣言し、皆が一斉に手元のカードを表にしてテーブルへと放って置く。 皆は他の人のカードを見回し、ある者は頬を緩め、ある者は頬を引きつかせる。 「いっちば〜ん!」 「くっ…!?」 「三番だ〜。残念…」 「シルスが最下位ですね」 20のフィリスに17のリアナ、そして16のセリアとなってシルスは10であった。 カード遊びをして早数時間が経過。カードでの遊びのバリエーションは多いため、退屈しのぎにはなっていた。 今はカードの合計を数字を21にして同じ数になるかもっとも近い人が勝利するというゲームである。 「…もう一回よ! リアナやセリアはともかく、フィリスに完敗したのには納得がいかないわ…!」 「フィリスはこういうのには強いですよね。引き運でもあるのでしょうか…?」 「まぁまぁまぁ。またやるから落ち着こう、シルス〜」 少し興奮気味――というよりもキレ気味なシルスをセリアが宥める。 他の遊びではフィリスはかなりばらけた結果を残しているのだが、この遊び『ブラックジャック』は常に上位であった。 「勝負勝負〜」 「次は負かしてやるわ!」 リアナとセリアはそんな二人に苦笑いをした。 04:26 P.M.- 「燃焼率からすればこの穴表面の硬化は高効率となる。匂いからは蒸発速度はほぼ一瞬。 ほとんど数瞬で発生した穴となれば硬化したのは蒸発した水分で逆に冷却されたため。 湿度に気温、風速に風向き、当時の時間帯と周辺環境を照らし合わせれば――人数は4…6人? 蒸発したのが大型動物ならば脂肪成分が一帯に浮遊している事となるから…ネガティブ。 人間ならば――」 先ほどから止まることなく呟かれ続けるレイヴンの言葉にウィリアムは背を向けて聞いていた。 周辺に漂う異臭に、ウィリアムは気分が治る気配を見せる事がない。 「…シリア、セリア。私はどうすればいいんだろう…?」 空を見上げると、青い空が広がっている。 強烈に香るこの臭いされなければ、絶好の日和であっただろう。 「――今は逃げる心構えをする必要があるぞ」 「…え?」 いつの間に傍らでしゃがみ込んでいるレイヴンが言った。 周囲を見回すように視線が辺りの森へと向けられている。 「逃げる、ですか?」 「詳細は後だ。風下へと一旦この場から離れる――行くぞ」 そう言って森の茂みへと入っていくレイヴンを呆けて見ていたが、ウィリアムは慌てて後を追いかけた。 04:34 P.M.- とんとん 「! あ、ちょっとやばいかも〜…?」 カード遊びに夢中になっていたセリアたちだったが、突然の家の玄関の扉をノックする音にセリアは少し困惑。 「行ってきて大丈夫ですよ。私たちは私たちで何とかします」 「さっさと行かないと、怪しまれるわよ」 「んー、じゃあお願いね〜」 セリアは軽くシルスたちに手を振って玄関へと向かった。 「どちら様ですか〜?」 『せ〜り〜あ〜ちゃん! 遊びに来たよー』 聞こえてきた複数の子供の声にセリアは固まる。 「…ちょーと危ないかも〜…?」 04:39 P.M.- 『………』 それらは森の中でも開けた場所へと戻ってきた。 穴を開ける過程において発生した臭いにつられて近づいてきた動物達を捕獲するために離れていたのである。 依然として穴からこびり付く臭いが発しており、嗅覚に敏感な森の動物達でも流石に間近でこの香りを嗅ぐの自殺行為に等しい。 ――ザンッ… そんな中においても、それらは何の反応を見せずに獲物を切り裂く。 食材を卸すために捌く手際ではない、乱暴な切り方。一太刀入れただけで内臓が溢れ出てきている。 それらはそれにむしゃぶりつく。肉食動物のそれを変わらず、違いがあるのは牙が剣であるだけ――。 04:45 P.M.- 「真新しい血の臭い。…これは食料として獲った中型の野生動物だな」 森の一角でレイヴンは呟く。ウィリアムはその言葉に驚きの表情をした。 「分かるんですか? 私には身体に染み付いたあの穴の異臭が鼻にこびり付いているようで判別出来ないですよ…」 ウィリアムは軽く服を摘み上げ、それを嗅ぐ。直ぐに顔を顰めてむせ返る。 その隣でレイヴンは鼻を全面に出すようにして周囲の匂いを確かめている。 「臭いは強烈なほど他の臭いを打ち消すように感じるだろうが、それは嗅覚が強烈な刺激でより反応しているからだ。 だが今は穴からの臭いは身体や服にこびり付いているだけ。それだけの要素ではそれほど強いモノではない。 今のウィリアムは嗅覚の記憶にある“強烈な臭いの記憶”で過敏になっているだけだ。時期に収まる」 「それならありがたいですね。でも、服がこのままではセリアに顔を会わせられない。どうしよう…」 泣きが入る。娘との交流を何よりも楽しみ、大切にするウィリアムには一大事である。 「手をある。直ぐに出来るが、今は奴らから離れる事を優先するぞ」 「うう、助かります。――あれ? 今、“あいつら”って言いました?」 再び歩き出したレイヴンの後を追おうとし、ウィリアムはハタと気がついた事を聞く。 「言ったぞ」 「単独犯の可能性もあったんじゃないんですか? まぁ、複数だってありえますけど」 「臭いが数種類あった。人も野生動物もそうだが皆は皆、それぞれ異なる臭いを持って発している。 香ってきた臭いからは血以外にも感知出来た。特にくさい臭いは同じ様で微妙に差異があるから分かり易い」 「…そうなんですか?」 分からない概念にウィリアムは疑問符を浮かべる。 「お前が娘の匂いを嗅ぎ分けられるだろう?」 「無論です!」 「つまり、そういう事だ」 「なるほど…」 納得顔をウィリアム。 ――親馬鹿此処に極まり。 04:58 P.M.- 「ごめんね〜。お父さんのお友達がこの後来るから一人でお留守番なんだ〜」 「えー。せっかくここまで遊びに来たのに…ざんねーん」 「ほんとゴメンね〜?」 「いいよいいよ。セリアちゃんのお父さんはセリアちゃんが可愛いからちゃんと家にいてほしいんだよ」 「あたしたちがおじゃまさせてもらってたらセリアちゃんのお父さんのお友だちにもめいわくだろうし〜」 「またこんど、いっぱい遊ぼうね〜?」 「うんっ! そのときはいっぱい遊ぼうね〜!」 「ばいばーい」と家から立ち去る子供たち。 セリアは彼らを少し玄関で手を振って見送り、そして扉を閉めてへたれこむ。 「うーん、人が来た時に悟られずに帰すのって、案外難しいな〜……」 家で留守番をしている旨を伝えると、子供たち――セリアの友達はセリアの家で遊ぶと言い出した。 家にはフィリスたちがいて、何とか帰そうと奮闘したが半刻ほど経った今になってようやく成功したのである。 「おーい。もう大丈夫だよ〜!」 『はーいっ!』 家の奥へと声をかけると案の定、フィリスから返答があった。 セリアが奥の部屋へと入ると、丁度フィリスたち三人も入ってきた所である。 「家に入れたときにみんなが隠れてくれててよかったよ〜。 みんながかけて奥に行ったときは見つかったちゃったかと思ったし〜…」 「まったくよ。あたしたちの機転がなかったら今頃騒がしかっただろうしね…」 その光景を思い浮かべ、シルスは溜め息を吐く。隣でリアナは苦笑している。 「何はともあれ、一旦は安心していいんでしょうか?」 「それは大丈夫だと思うよ? みんな何か熱中するとけっこうのめり込むから〜」 「んじゃ、これからどうする? カードは流石にやらないわよ」 「「えー!?」」 「そこでフィリスも不満そうに声を上るな!」 「「ぶーぶーぶー!!」」 「むくれても駄目! 今度はセリアも真似してないで、どうするかを考えてよ!」 「楽しそうですねぇ…私も混ざって――」 「リ・ア・ナ・?」 「冗談です♪」 「――まったく、元気よね本当に……」 また一つ、シルスは溜め息をついた。 05:10 P.M.- 「…うわー。あれってなんだったけなー?」 一人の男の子が、バトリ家の窓から室内を覗き込んでいる。 先ほどの子供たちの中で最後までセリアが何かを隠してるんじゃないかと思っていた子であった。 それは好奇心からの面白おかしい推測であったが、それは肯定されてしまう。 「うーん。後でお母さんにでも聞いてもよー」 男の子はみんなが待っている場所へと駆けて行く。 中では少し賑わしく話し声がしていた――。 05:17 P.M.- 「――何ですか、この露店は…?」 「見ての通り、露店だ。細かい事は気にするな。 それよりも、もっともこっちの寄らないと匂いが染み込まないぞ」 「…はぁ。――大丈夫なんですか、コレ?」 あと少しで森の抜けそうな所で、突然露店を見つけたウィリアムとレイヴン。 こんな所で営業だなんてあまりにも怪し過ぎるのだが、レイヴンは何の警戒を見るとも呼びかけるともせずに近づいた。 そして今、そんな怪しげな露店の真ん前で二人は白い煙に炙られていた。 「熟成発酵中の肉の煙は肉の匂いが濃厚だ。服と体に残っている臭いにこの匂いを上塗りをする。 深く嗅ぎ分けようとすれば気がつく人もいるかもしれないが、基本的に元々こびりついている臭いは血肉だ。 肉の匂いには変わりないのだから問題はない。」 「それならば私としてはいいんですけど…あの、アレ。 …あの人は一体なにをしてらっしゃるのかとーっても気になるんですが――」 ウィリアムが視線を投げ掛ける先にはこの露店の店主と思しき男が一人、しゃがみこんで何かをしている。 白の大きなタオルを首に巻いた浅黒い肌にミスマッチ。顔を独創的であるために引き立っていたとウィリアムは嫌な認識をした。 「土産を注文した」 「御土産?」 「まさか何も買わずしてこちらの事情で勝手に利用させてもらっているのは身勝手すぎる。 それに丁度夕飯のおかずは必要な時間帯ではないのか?」 太陽はかなり傾斜し、今の時間はそろそろ各家庭の女達が帰ってくるだろうわんぱくな我が子とやさくれの夫を迎えるための食材探しをしている事だろう。 「そうですが…何を買うんです?」 「それなら直ぐに分かる――オヤヂ」 「――あいよ」 レイヴンとウィリアムの間から生える人の両腕。 いつの間にか接近していた男にウィリアムは思いっきり仰け反った。 「何をしている。食べないのか?」 そう言うレイヴンはなにやら串焼きの食している。 ウィリアムが男へと目を向けると、目の前にレイヴンの手の内にある物と同じのが突き出されていた。 「ど、どうもです」 「…毎度あり」 こびり付くような声だけを呟くように返して男は露店の裏側へと姿を消す。 「………」 「どうした、早く食え」 「…そうですね」 05:39 P.M.- 「ですから、ある調書の為に目撃した兵士達にさらに詳しい事をお伺いしたく――」 「だから、駄目だって言っているんだがね。もう今日の訓練は終わって、みんな宿舎や我が家に帰ろうと気が和らいでいるところなんだよ。 たかだかそんな事ぐらいで聞かなくともいいでしょうに」 「これは立派な国政の一部です。貴方も国に従事している立場なのでしたらこちらのお役目もご考慮して頂けませんか?」 衛兵一部隊長の男は頭を掻き、嫌な溜め息を一つ吐いた。 目の前でそれをされてもメラニスは真摯な目で返答を待つ。 「…異国の女の娘がそれを言うとはね」 「確かに私はこの国も民ではない血を引いていますが、今は関係ありません。…ご返答は?」 「お断りする。ジェイムズ様の秘書とはいえ、よそ者の小娘なんかに俺たちの酒を飲む時間を割くわけにはいかんのでな。それとも――」 部隊長の男はニタリと笑う。 「アンタがその俺たちと違う肌色を布を隔てることなく踊って酒盛りで盛り上げてくれるんなら考えなくもない」 「――っ」 メラニスは苦虫を潰した表情をし、それを見た男は嘲笑った。 「そうかそりゃ残念だ。あーあ、せっかく奴らに頼んでもいいかもなと思ったのによ…」 「――貴方には忠誠心というものは無いのですか」 搾り出すように問い掛けるも、男は取り合わない。 「無いね。そんなもんじゃ腹は脹れんし、酔えないね」 そう言って用はもう済んだと男は去ろうと部屋の扉へと向かう。 メラニスはこの男を留めさせ、なおかつ協力を仰ぐ手段を持ち合わせていなかった。 『なるほどなるほど。貴方には国に仕えている自覚は皆無、と。これは由々しき問題ですね…』 「?! 誰だ!!?」 扉を開けようとした部隊長の男よりも早く、扉の向こうからくぐもった男の声が聞こえてきた。 部隊長の男は一歩後ずさるも即座に扉を開いて声の主を肉薄し、そしてまた即座に姿勢を正した。 「こ、これはシグル様!?」 「ええ、そうですとも。この私はバーンライト軍スピリット統括顧問シグル=ネルラ=オウヌです」 ガタイの良い部隊長の男とは逆に並んでいるために細く見えてなおかつ長身が扉の中からも窺えた。 「少し用事でこちらに来て声が漏れ聞こえたと思えば、なんともまぁ呆れたこと…」 部隊長の男は萎縮し、反論も出来ない。 「これに関してはジェイムズ顧問に報告は必至ですね。ですがその前に――」 シグルは目の前の男の離れた後ろに居るメラニスへと視線を向ける。 「まずは彼の者の要請を速やかに実行しなさい! さもなくば執行猶予も無いと思いなさい!!」 「は、はいっ!!!」 シグルの一喝に男は敬礼とビシリッと決め、かっ飛んでいく。 最後まで事態を飲み込めなかったメラニスにシグルが再び目を向けた。 「これでいいでしょう。…貴方はメラニス、と言いましたか?」 「え、あ、はい。そうです。メラニス・ハイジェ。ジェイムズ様の秘書をさせて頂いております」 「ふむ。駄目ですね」 軽く会釈をするもシグルは何故か駄目出しをする。 「『秘書をさせて頂いている』ではなく、『私は彼の秘書です』とはっきり言うところですよ!」 「は、はぁ…?」 「貴方は見るに少し気が弱そうな印象を見受けてしまってますよ。それだから今の男に舐められるのです! それに、あのジェイムズの直属の部下ならばもっとそれらしく振る舞ってもらわなければならない!!」 「は、はぁ…」 突然、シグルが熱弁をするのでメラニスは呆気に取られてしまった。 それを見たシグルは目を細める。 「――ふむ。まぁ、いいです。メラニスさん。少し時間を頂きますよ」 05:53 P.M.- 「兵の中から最近入隊した新人を探す」 「…え? それはまた何故…?」 街への橋を渡っている最中、レイヴンの突然の言葉にウィリアムは呆気に取られる。 「この新人の話はウィリアムが得たものだろう」 「――ええ、確か〜にそうは言った記憶はあるんですが、それが何故今になって?」 「確信は無い。だが今は可能性の高く、唯一の手掛かりでもある」 「……まさかその新人が只者ではないとか言うんですか?」 「それを知るためにこれから直接確かめに行く」 「あの、私は家に帰ってセリアに会いたいのですが――」 おずおずとウィリアムは提案を出す。 「すまないがそれは後回しにしてもらう。今回はウィリアムの立場が必要なのでな」 「やっぱり、そうですか。…そうですよね、はい」 ウィリアムは目から雫の汗を流した。 06:02 P.M.- 「さて、私個人としましては貴方が何を調べているのか興味が少しありますが、仕事の様ですし口を挟みません」 「そうして頂けると助かります」 シグルの執務室へと案内されたメラニスは接客ための椅子に座り、お茶を振る舞われていた。 シグル自身は自らの執務席に腰をかけ、自分専用のお茶の香りを堪能している。 「本来でしたら、ジェイムズ顧問の部下である貴方をこうして招き入れることなどありえません。 その点に関しては貴方も理解してのことで当惑をしているでしょう」 「…その通りで御座います。 ジェイムズ様をまるで仇の様に意識をしているシグル様があの方の部下である私を招く理由が理解しかねています」 「そうですとも! 私は彼の者よりも優れた人物であると確信をしているのに、あの男は私の上を行く。 なれば私はそれを超えていく! それが私の使命であり、現在の目標なのですよ!!」 手にしたカップを叩きつけんとばかりに両手をテーブルの下ろす。 「――しかし! そこに貴方という存在があの方の部下としてここにいる」 「………」 「まずは正直に申し上げましょう。貴方はジェイムズ顧問の足を引っ張っている。…何故だかわかりますか?」 「…私が、異国の血を引き継いでいるから――」 お茶の水面に映る自分の顔。 ゆらゆら揺れているために自身の表情までは見れなかった。 「何を言っているのかわかりませんね」 「…え?」 「貴方は何か酷く勘違いをしているようですね」 お茶を優雅に啜り、シグルは独自のタイミングで語る。 「あのジェイムズ顧問が貴方を自身の直属の部下とした。それは貴方が非常に優れている人材であると確信したからである。 かく言う私も会議室やその他の事務を断片的に見させて貰い、貴方を評価は高いのですよ」 「…光栄に預かります」 「まぁ、それはそれで余計な事なので直ぐ忘れるように。 私が言いたいのはですね、貴方のその受け身な態度が足を引っ張っていると言いたいのです」 「おそれながら、それはどういう意味でしょうか…?」 虚を突かれたメラニスは恐る恐る訊ねると、シグルはカップを置いて肩をすくめる。 「そのままの意味ですよ。貴方は何をするにしろ、まずは相手の顔色を伺い、あまりにも消極的な物言いしかしない」 「は、はぁ……?」 「そして先ほどの様に自身の血縁に関しては完全に無力。まぁ、それは致し方の無い事ですしね。 受け継がれる血というのは何よりも高貴であればその進む道もまた上に立つものと相場は決まっている。 貴方にはその血が半分しか受け継がれず、その身も今まで下を這いずり回っていた」 「―――」 「そう、それです。その態度に表情! どうやっても自分の変えられない部分に諦めに似た達観視。 貴方のそれがジェイムズ顧問の足枷となるのですよ!!」 「…それは私としましても重々承知しております」 メラニスは強い眼差しでシグルを見返す。 「いいえ、わかっていませんね。貴方は今の自分で満足し、それ以上の事はしようとしていない。 貴方の能力自体は彼の者の攻め手にもなり、助けとなるでしょう。いわゆる勿体無い人材なのですよ、メラニス・ハイジェ」 そう言ってシグルはお茶を一口し、また語る。 「貴方にも迫る仕事もあるでしょうから端的に、はっきりと、申し上げましょう。 ――貴方はもっと自身に自信を持って己の責務を全うすればいいのです」 「? それはどういう意味ですか?」 「そのままの意味ですよ。先ほども言いましたが、貴方は自分を悲観し過ぎています。 覆せない事実があるのでしたら逆にそれを逆手に取り、利用する意気で行けばいいのです。 貴方には、それを行えるだけのモノを持っているのですから。この私が言うんです、間違いないのですよ!」 メラニスは今度こそ呆気に取られ、カップが手の中の虚空で揺れている。 「…ありがとうございまず」 そして一旦お茶を一口啜り、カップを置いてシグルに微笑んだ。 「礼などいりませんとも、ええ。 私はただ、この程度のことでジェイムズ顧問が失脚するのは本意ではなかっただけの話です」 「それでも私の意思として、シグル様に直接指導してもらえたことを感謝の意を表させて頂きます」 「そうですか。ではそういう事にしておきましょう」 「はい、ありがとうございました。仕事がありますので、これで失礼させてもらいます」 06:27 P.M.- メラニスがシグルの執務室を出て廊下を進むと、差し込む茜色の明かりに意外と時間が経っていたことに気がついた。 中の窓からも一応は確認できたが、廊下全体を赤とも黄色とも取れる光に溢れているのは幻想的である。 「あ、あの…!」 「? あ、これはオウヌ婦人。ごきげんよう」 シグルの妻であるまだまだあどけなさを残している貴婦人にメラニスは会釈をする。 それにつられて彼女も慌しくお辞儀をした。 「あ、はい、ごきげんようです…! あ、あの、シグル様と、その…」 「シグル様でしたら、執務室でお一人のはずです。今でしたらお会いに出来ると思います」 「ひ、一人!? それじゃあ、さっきまで二人だけで…ぶつぶつぶつ」 「? あの、申し訳御座いませんが、私はまだ仕事が残っていますので失礼させて頂きます」 「あ、すみません! お引止めしてしまいまして…!?」 「いえ。それでは――」 丁寧に会釈をし、去っていくメラニスの背中を婦人はジッと見つめていた…。 06:34 P.M.- 『シグル様!? どういうことですの! 女の方と二人っきりだなんて〜〜〜?!』 『あ゛あ゛あ゛!!? 落ち着いてマイハニー!! あれは単なるお仕事の話をしていただけなんだよ〜…!』 『それでした。何故お二人だけなのです!? 他の方が居らしても良いはず! それに彼女のあの晴れ晴れとした表情――ハッ!? まさか他の方も既にシグル様は手篭めに〜〜〜!!?』 『それは全くの誤解だよ〜〜〜!!? 僕にはハニーだけだよ? そうさ、ね?』 『でしたらば何を話していたのか聞かせていただけますか?』 『えっ!? しかし、いくらハニーといえどの仕事のことを口外するのは出来な――』 『やっぱりそうだったんですねーーー!!!!?』 『いや、本当に違うんだ! だから落ち着いてくれよマイハニー〜〜〜〜!!!?』 06:40 P.M.- 「? 師匠。何か悲鳴のような声が聞こえませんでした?」 「何か言ったか? 悪ぃがさっきから俺の腹が鳴りっぱなしでよく聞こえなくてな」 「――師匠、さっきあんだけ間食に食べてたのにもうですか…」 「仕事をしてりゃあ、腹は減る。当たり前だろうが!」 「師匠の一日の食事の量は自分の何日分ですか〜」 「お前が小食過ぎなだけだろう? そんなだから頭が固ぇんだな」 「余計なお世話です?!」 06:53 P.M.- 「さて、貴様がここにいる理由は何だ」 「じ、自分は、とある活動の結果報告のためだけにラセリオに来ただけなんです! 本当です!?」 「そんな事はどうでもいい。俺は理由を聞いている。答えろ」 ウィリアムの口聞きと、先刻の交渉の賜物で短時間でのエーテル変換施設への入室が許可され、丁度警邏任務に当たっていた新人を見つけた。 そしてその新人はレイヴンの見解通り、バーンライトの工作員。 新人に扮装していた男もレイヴンを知っていたために彼の顔を見た瞬間、顔を青ざめて命乞いをする始末であった。 「…あの、ネウラさん? 一体あなたは向こうではどんな事を――」 「今はそんな事よりも目的を聞くほうが先決だ」 「あ、はい」 重みのある声色に、ウィリアムは肯定するしかなった。 「自分に課せられた任務はですが、その――“今日の深夜の刻限における施設の機能運用状況”を報告するように、とだけ…」 「それだけ、なんですか…?」 ウィリアムはあまりにもお粗末な命令内容に呟くように問うてしまう。 「はい。…おれ――あ、いや、自分も不思議に思ったのですが、それだけでいいそうなので…。 隊長から命を受けただけで、何の理由で必要なのかは考える必要はないそうで――」 ウィリアムが疑問に男の方も疑問に思っていたらしく、ウィリアムと同じく不思議そうな顔をする。 「…いいだろう、巡回に戻れ。それと、俺の存在の事は誰にも言うな。もし口外するような事があれば――」 「こ、心得ております!!!!? それでは失礼させて頂きます!!!」 すっ飛んでいくとはこの事というのかと言わんばかりの速さで男は去っていった。 「いいんですか? あまり有益な情報は聞き出せなかった様ですし」 「いや。今のでおおよその侵入者の目的は見えてきた」 「――え、そうなんですか?!」 「奴は施設の状態の報告任務を負っていた。そしてそれに合わせるかのようにラキオススピリットのこの街への召集。 そして実在する侵入者のスピリット。これらの全てが関係していると推測すれば――」 06:59 P.M.- 「…ああ!!?」 すっとんきょんな声を上げて、閃いたウィリアム。 「それってつまり、今夜に…!」 「そう。今夜―― ――エーテル変換施設の破壊工作が行われる可能性が最も高いという事だ」 07:00 P.M.- |
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